続・やまと屋ブログ堂

★…パーフェクトガンダム、レッドウォーリア、武者ガンダムの起源はここに有り…★

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伝説の大将軍編

伝説
コミックボンボン」12月最終号(11月14日発売)まであと4日…。当ブログ開設(7月26日)から今日まで、僕の作品を中心におぼろげながら当時の記憶を辿ってみた…これまで記した事は、あくまでも、ガンプラブームに携わってきた漫画家“やまと虹一”個人の意見であって…原作の安井氏や担当者、あるいはバンダイやサンライズ側から見れば「それは勘違いだ」とか「あれはこうだ」とか言う意見が出てこないとも限らない…。前記事で触れた“プラモ狂四郎協定”なんて、僕がボンボンを離れた後、ガンプラ漫画の依頼に来た編集さんの口から聞いた事で、僕が直接立ち会って協議した訳ではないので真意は分からない。ボンボンのガンプラ漫画独占権、云々は雑談で耳にした事がある程度だった…それが“プラモ狂四郎協定”かどうかは知らないが、まさか、作者本人がこの協定に引っかかるとは思ってもみなかった…(苦笑)。

ボンボン休刊で三社の密計は終わった…これかは、角川の「ガンダムエース協定」に引っ掛からないように注意しなきゃ…って、本当にあったのかな、ただ脅されたような気もするが…(笑)。


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SD武者風雲録

SD無
武者ガンダムは、僕の手を離れ巣立っていく…もう、二度と描く事はないだろう…しかし、君たちの声援がある限り武者ガンダムは永遠だ!!」…僕がボンボンを辞める時`94『SD武者ガンダム風雲録』第9巻の巻末に載せたコメントである…約13年間やってきたガンダム漬け毎日に限界を感じていた…『プラモ狂四郎』以来、僕と安井氏の間を取り持ってくれていた副編集長で担当だった田部さんに相談し、原作の安井氏と池田編集長に前以って伝えてもらった…。

最後の日、お世話になった編集部に挨拶に行く…創刊当時、講談社のTVマガジン編集部の片隅に間借り状態だったコミックボンボン編集部は、講談社の近くの別ビルに分室を持つほどの大所帯になっていた…宿敵、コロコロコミックに肉薄し頂点を極めた時期だった…池田編集長とも長い付き合いになった。『超戦士ガンダム野郎』はこの秋に終了していたが、武者は「伝説の大将軍」編の途中だったので、その間、説得もされたが僕は精神的にも参っていた為理解して頂いた。

その足で『超戦士ガンダム野郎』担当の石川氏を交え、田部さんと池田編集長の四人で酒場繰り出したが、とうとう最後の席を安井氏と共にする事なく「今までのお礼と降板の謝罪」も言えずに、僕が秋田に越した事もあり、そのまま疎遠になってしまった…。

安井氏には、是非またガンダムの世界に復帰してもらいたい…いつも、そう願っている。
                        


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SD武者鋼弾

台湾版

「コミックボンボン休刊」の余波はまだ続いている…今度はボンボンのSDガンダム担当者、久慈氏から連絡があり増刊号でやった『青斬抜刀隊血風録』の原稿が編集部から発見されたという。先日のカラー原稿といい、次は何が見つかるんだろうと変な期待をしてしまう(笑)。

この『青斬抜刀隊血風録』なる漫画は、僕が秋田に戻り悶々とした中で描いたものだ。原作・クラフト団とあるが、安井氏が書いたものではない…バンダイのジャンボコミックやBBの取り説同様、SDガンダムの企画を手掛けるレイアップ文芸部によるものだ。本誌の神田正宏氏の新・超「SD武者シリーズ」も安井氏の手を離れていた。

僕は、ボンボンを一方的な都合で辞めたのに堂々と描くのには気引けた…そのため、この『青斬抜刀隊血風録』には最初に扉絵を付けなかった。いきなり始まり誰が描いた分からない仕掛けをした…ドンドン読み進め…ついにラスト(完)のページ…そこに、タイトルと扉?をもってきた。ここで作者が分かる試みをしたのだ。読みきりだから出来た冒険。この『青斬抜刀隊血風録』は、狙いどうり好評だった。※(原稿は、直接会って渡したいという事なので今回は、載せられませんでした…汗。)
   


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青斬抜刀隊血風録

血風録x


青斬抜刀隊血風録の原稿が還ってきました…やれやれです。
もう、これでボンボン無き後、児童漫画誌の無い講談社と関わる回数も減るだろうな…ここからが、ボンボン作家達の本当の力が試される正念場だ…3年後、5年後…10年後、僕も含めて何人の漫画家の名前を目にするだろうか…?

僕は「プラモ狂四郎」が当って以来、居心地の良い場所を確保して、約12、3年間、ボンボンでお世話になり、まるで講談社の社員のように高額な原稿料を貰い、ボーナスのように定期的に単行本で印税も得た。なんの不満がありよう…絵に描いた生活。僕の性格というか、血液型ABのせいか、破滅型タイプ…一度積み上げたら壊してしまうらしい~汗。

ある日、ふと気が付いた…所詮ガンダム無しでは自分の作品が語れれない事…僕の実力では無い事に。
40間近だった…これから青年誌に転換するには遅すぎた…ここまで、ぬるま湯の生活をしてきて1から出直すには荷が重すぎる。葛藤すればするほど絵が荒れて行く…ボンボンを離れた後、少年王(光文社)とファミマガ(アスキー)で連載をやらせて頂いたが結果最悪…狂四郎のように、期待に応える事は出来ずすべて1回か3回で打ち切り(この作品は苦い経験なのでカテゴリーにも載せていない。)悩んだ末に廃業を決意!!身を隠すように秋田に移り住んだ。


…この7年隠遁生活の中で、僕が漫画家だった(過去形)と知ってても、パーフェクトガンダム、武者ガンダムなど生み出した奴なんて誰も知らない…例え、同級生でも児童漫画なんかに興味がないから聞きもしなかった…飲み会なんかあると、冷やかしで聞く人はいたけど僕も笑って誤魔化して喋らなかった。まして、親や従兄弟は一家で都落ちしたのだから気遣ってそれには触れない。良いんだか悪いんだか…心の隅で漫画家のプライドを捨て切れずにいるから家業について行けず、ガンダムに縋る現実。

そして、G20の時、各社から取材が入りはじめて「プラモ狂四郎」の功績に気が付いて自信が持てた…。





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絵本・SD武者ガンガム

絵本
SD人気最盛期、僕はコミックボンボンの『超戦士ガンダム野郎』とデラックスボンボン『SD武者ガンダム風雲録』等で多忙で、まだ、無名だったときた洸一氏に描いてもらう事になった…とは言え、ときたさんは既に、安井尚志氏の下で『プラモ狂四郎』のメカデザイナーとして定評があり、安井氏の秘蔵っ子でもあった。
安井氏が原案を描き、僕が構成と下書きをして、ときた氏がペン入れと着色をおこなった文字どうりの、三位一体の合作品である…ときた洸一人気で、古本屋でいい値が付きそうだ…3、000円でどうでしょう~(笑)。



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