続・やまと屋ブログ堂

★…パーフェクトガンダム、レッドウォーリア、武者ガンダムの起源はここに有り…★

Sort by 12 2007

Category: SD武者ガンダム風雲録  

絵本・SD武者ガンガム

絵本
SD人気最盛期、僕はコミックボンボンの『超戦士ガンダム野郎』とデラックスボンボン『SD武者ガンダム風雲録』等で多忙で、まだ、無名だったときた洸一氏に描いてもらう事になった…とは言え、ときたさんは既に、安井尚志氏の下で『プラモ狂四郎』のメカデザイナーとして定評があり、安井氏の秘蔵っ子でもあった。
安井氏が原案を描き、僕が構成と下書きをして、ときた氏がペン入れと着色をおこなった文字どうりの、三位一体の合作品である…ときた洸一人気で、古本屋でいい値が付きそうだ…3、000円でどうでしょう~(笑)。



Category: ストーリー編  

剣道マン

剣道x
もう30日…今年も明日で終わりか。『新プラモ狂四郎』バンダイの『SDジャンボコミック』まで今年中に網羅しようと、途中何本か飛ばしたり数本まとめてアップしてみたが駄目だった(笑)。今年は、充実した年だった。二ヵ月で65~100ページくらいをマイペースで描かいてる…アシを使っていないから、今の僕にはこれくらいが丁度いい。来年はもう、少し派手な漫画を描きたいね。

Category: コミカライズ編  

魔界村

魔界村x
前記事の「不思議な仲間たち」から発展した形では無いが、山下幸雄氏が代表を務めた編集プロ「ワークハウス」…主として、徳間系のファミコンゲームの攻略本や、ジブリ等のアニメムック本を編集していて僕も「不思議な仲間たち」の流れでわんぱっくコミックで「忍者くん」「謎の村雨城」等ゲームコミカライズで参加させて頂いた…最盛期には編集社員は20人以上もいて、ファミコンブームに乗りアメリカに分室を構える勢いだった。また、編集プロ単独では珍しいホテルで忘年会もやりゲーム関係者や漫画家を労い順風満帆に見えた…。

…「ワークハウス」解散は、僕が秋田に帰って三年後の事だった。


Category: やまとメモ  

いんなぁとりっぷ

いんなぁ


かつて漫画家の山下幸雄氏が主宰する『不思議な仲間たち』というプロアマを問わない漫画集団があった…各自、実験的自由な作品を持ち寄り、手売りする言わば同人誌だ…勿論、原稿料は一銭も出ない。みんな、情熱だけで描いていた。この中の何人かはプロとしてデビューしたと思う(多分)…山下氏は、その後編集プロダクション・ワークハウスを立ち上げ「わんぱっくコミック」を徳間書店から発行しファミコンブームに一役かった。

不思議

不思議な

左端が21、2才頃の僕、女性二人を挟んで三番目がコロコロコミックでザ・ゴリラ等を描いた、友人の坂丘のぼる氏、右端があさのりじ御大、その後ろが山下幸雄氏(※写真はいんなぁとりっぷの取材を受けた時のもの…懐かしい)

まさか、僕も、この数年後、ガンプラブームの最先端に立つとは思わなかった~汗。
Category: ストーリー編  

オズ・マン

オズマンx
『オズ・マン』は『プラモ狂四郎』が始まった時、並行して連載していた奴隷ロボットM型とW型の間に誕生したコスモベビーの宇宙活劇物だ…それにしても、今年いっぱいで、どうにも僕の過去の作品を紹介しきれそうにない…年の暮なのに、ほぼ毎日ブログを更新していると、暇そうに思われるかもしれないが、実際は、年明け早々の締め切りの書き下ろしを抱え、正月返上で仕上げなければならない…人気度0でも、訪問者が毎日ドンドン増えてるから調子に乗って、食事や風呂、寝る間を惜しんでブログを更新してる…今日なんか、三本もアップした…馬鹿だ(笑)。
Category: ストーリー編  

ゴーストマン

ごーすと
僕には、少年チャンピオン編集部にデビュー当時からお世話になったO氏という編集者がいた…O氏は、岩手出身で同じ東北人でもあったためか、僕を弟の様に世話をやいてくれた…そのため僕の作品の大半は、少年チャンピオンの読みきり(8編)や『スタードキュメント』等、秋田書店に集中している。

『ゴーストマン』は、そんなO氏の下で増刊号に発表した作品だった…僕は『ゴーストマン』はその段階で終わったものとして、朝小の『翔んでるタイムハウス』枠で連載を始めていた。ところが、O氏から『ゴーストマン』が評判が良かったから月刊で連載しようという話が持ち出された…(やばい!)僕は朝小で始めた手前、この願っても無いチャンスを即答出来なかった。手元では、朝小の『ゴーストマン』を毎日、着々進めなければならない…「ま、まずい…どうしょう」ダイナミックプロを辞める時、永井豪先生から言われた「T君は、せっかちだからな」という言葉が頭に響く…。

そして、ついにO氏に朝小の『ゴーストマン』の事がバレた…「お前、今後うちの敷居は跨げねぇぞ」…任侠映画ファンのO氏らしい言葉で、僕は秋田書店への“出禁”を喰らってしまったのだ…(汗)。
数年後『プラモ狂四郎』がヒットすると、他社でありながら食事に誘ってくれて『狂四郎』のヒットを喜んでくれた…「うちにいたら、こんなには売れなかったぞ(笑)」O氏は、昔のまま男気だった…僕は、深く反省した(涙)。

O氏は、その後編集長となり低迷していた週刊少年チャンピオンを立て直し、数々の漫画を世に送り出した…しかし、僕がボンボンで多忙を極め…秋田に帰った事もあり、未だに秋田書店の敷居は跨いでいない(汗)。
Category: ストーリー編  

宇宙牧場ノアⅡ

ノアx
この作品は、朝日小学生新聞で毎日3ページ…四ヵ月にわたり連載していたもの…。
後年、僕が秋田に戻り「ガンダム20周年」を迎えた時、ライターの岩佐陽一さんから「ガンダムエイジ」(洋泉社)のインタビュー取材を受けた。話題 は 『プラモ狂四郎』から、この『宇宙牧場ノアⅡ』を読んでいて「おじいちゃんが宇宙蛾に変身していく場面が怖かった…」と告白。さらに、小学四年生の『ロボコン』も読んでいたと言う。

ちょうど、僕が落ち込んでいた時期だったので『プラモ狂四郎』以外の作品に読者がいた事に感激したのを覚えてる。
Category: ストーリー編  

ガッツ!リトルあらし

ガッツ
小学館「コロコロコミック」の成功に続けとばかりに各社から、竹の子のように児童誌が創刊されては消えていった27、8年前…僕も双葉社から参入した「100てんコミック」なる児童誌で描いた作品『ガッツ!リトルあらし』…これにはいい思い出がない。ゲラが出てきたので、当時の不愉快な思いでを書く事にした。

この作品には原作者いる…彼は、今も青年誌で看板を張る有名作家のアシでこれがデビュー作だと紹介された。漫画ではなく原作志望…僕が原稿依頼を受けた時、既に数回書き直しをしたらしく、彼は半分不貞腐れて編集部のソファに大きく持たれかかっていた…(嫌な予感)…原稿を読み返しても、主人公が見えてこないばかりかストーリーに纏まりがない(苦)。僕は、本格的な原作付き漫画はこれが初めてだった…「原作付ってこんなものなのか??」担当さんが「どうだろう…」と問う。双葉社の仕事は初めてだし、好印象を与えれば今後の展開に繋がる…なんて、変な『漫画屋稼業』根性が擡げのが良くなかった。

僕は、このどうにもならない話をなんとか31ページにまとめた…新連載「ガッツ!リトルあらし」は「ゲームセンター嵐」に因んで編集部が勝手にタイトルを変えた…(汗)。

二度目の原稿は、さらに酷い物だった…僕も野球は得意なジャンルでは無かったので、話の展開が見いだせなかった…お手上げ!編集部もそれを察し、二回で打ち切りを決定した。一体、何だったんだ??これ??僕のせいか…冗談だろう???そもそも、何でこんな原作を採用したんだ??有名先生の圧力でもあったのか??…三者三様、嫌な蟠りばかりが残った作品だった。

そしてこの年の秋、講談社から「コミックボンボン」が創刊され、翌`82『プラモ狂四郎』が始まる。
Category: ギャグ編  

アイラブゆう子

ゆう子

この時期、出版界は忘年会ラッシュだ…年末進行で集りの悪い作家陣の為に年始に行う所も多くなったと聞くが、休暇中でやっぱり集まりが悪いらしい(苦)。僕は秋田に帰って以来とんと御無沙汰だが、忘年会は漫画家同士の交流の場でもある。都内の一流ホテルに有名無名問わず、グラビアアイドルや歌手のショーで盛大に行われ会社の業績がわかる…その後、各編集部ごとにネオン街に消えて行くのだ。

酒が入りほろ酔い気分の、その二次会で漫画家先生方の本音が出る…編集長にお節介やいて連載話を持ちかける者、担当者を顎で扱き使う者や絡む者…大した売れてもいないのに有名先生の名前を出して「お前なんかいつでも潰す事が出来るんだぞ!」と、新人に息巻くバカ者は何処の業界でもいる…僕は、気の合う連中とその場を去りラーメン等すすり家路につく事にしている(笑)。そんな連中と朝まで付き合う羽目になる編集さんは、もてなす側の忘年会中で作家さんに万が一の事態に備え、食事、酒を口にしてならないと言う決まりがあり大変なのだ。

上は朝日中学生ウィークリーで一年間、連載した『アイラブゆう子』…三ヵ月の予定が、好評で半年、一年と伸びて、翌年にも『青空分校』『あばれ武蔵』『青の標的』と約四年近くお世話になった。


Category: ストーリー編  

はるかなる緑の星へ

遙か 001e
朝日小学生新聞連載のSF小説の挿絵です…作家は「朝倉…」?えーと、あれ?「朝倉…」何という名前だったか忘れました(汗)。すみません。当時、打ち合わせの帰り食事奢ってもらったりしたのに…(汗)僕の原画しか手元に無い物で…。量産していればこんな事もあります…そんな訳で僕の「漫画屋稼業」はまだまだ続くのであります。
Category: ストーリー編  

翔んでるタイムハウス

翔xx
ここまで、紹介したようにギャグ、ストーリー、スター物、コミカライズ、挿絵、カットそしてガンダム…原稿依頼が来た物は手堅く何でもやってのけた…友曰く、ペンネームに因んで、七色…“虹”の如く七つの仕事をこなしてる…である。僕は作品にそれほど執着はない…だだ漫画が人一倍好きなだけなのだ。

とかく、第一線で華々しい活躍している有名先生方からすれば軽視されがちな仕事内容である…僕は
漫画家というより「漫画屋稼業」かも知れない。何せ「漫画屋稼業」だから前記事で紹介したような普通の漫画家なら手を拱く修羅場に出くわす事もシバシバだ…(汗)。「漫画屋稼業」のお陰で喰い逸れる事は無く七年のブランクがあるにも関わらず、すぐに復帰して、当時とまるで関係のいないジャンルをこなしているのだから世話ない(笑)。


Category: ストーリー編  

ライバル

ライバル
『ライバル』…少年チャンピオンに掲載された、この作品は僕の中でも強い印象が残っている。
内訳はこうだ…当時、新進気鋭の漫画家を数人集めた特集を企画、僕はギャグ漫画家扱いで増刊号の原稿を上げたばかりで安堵していると、編集部からすぐさま折り返し電話が掛ってきた…「予定していた新人漫画家の内容がとても掲載できるような物ではないので『ライバル』のタイトルに基づき24ページの作品を明日まで描いてくれないか…」と言う緊急事態。

その夕方、僕のアパートに一番近い所に住む編集U氏が差し入れの「リポビタンD」一ケース持参でネームを取りにやって来た…(汗)。僕は締め切りに遅れた事がなかった。編集者が横に張り付き「今か、今か…」と、苦虫をつぶしているのはダイナミック以来だ…売れっ子漫画家の象徴でもあるので内心嬉しかったりもした(笑)。深夜、編集U氏が帰ってから一転、地獄が始まった…睡魔と闘い、翌日まで原稿を上げなければならない…僕がデビュー以来、お世話になってる担当のO氏からも励ましの電話が入る…ますます焦る。翌朝、再び編集U氏が張り付き、コーヒー等入れて気遣いしてくれている…(アシは居ないけど、気分は売れっ子だ~っ)僕は、この24ページを一人で昼過ぎまでに描き上げた…一夜漬けの作品でも何とか穴は埋めた…件の漫画家は逃げて、そのまま漫画界から消えてしまった。

…なんでも承ります。これじゃ、ただの「マンガ屋」なだ(苦)。
Category: ストーリー編  

わんぱくパトロール

わんぱくxxx
今年は月刊少年ジャンプ、コミックボンボン等の休刊、話題が先行したお笑い吉本興業参入のコミックヨシモトが半年で撤退、無料配布コミックガンボもとうとう一度も見る事無く消えてしまった…漫画界に新風は吹かなかった訳だ…厳しい世界だ…甘い世界なら、僕は今頃週刊誌で連載やって単行本も一千万部だの一億だの突破してハリウッドで映画化されている(苦笑)。

漫画家を志した頃は、そんな大きな夢を見ていた…と、まではいかないまでも「…せめて週刊誌で連載し、出来ればオリジナルでヒットをとばし、アニメなんかになったら最高だろうな」なんて、大志を抱いていた…しかし、何処で間違ったのか夢中で描いてたら、こんな方向へ来てしまった…気がついた時は、もう手遅れ…ま、まずい。今さら、背伸びしてみた所で我がままにしか映らない…そんな才能も力量もないのは分かっている…自分を見失ってしまいかねない事態だ…不安定な状況で連載してた小学4年生の『わんぱくパトロール』。少し、狂四郎が混じってきました(笑)。
Category: コミカライズ編  

スタードキュメント

スターものx


赤面!…頼む方も、引き受けるどうかと思うけどな(笑)。
『スタードキュメントシリーズ』はアイドル人気と相俟って「浅田美代子」から「キャンデーズ」まで、他の漫画家と月一交代で二年間連載しました。スター物は『サンダーマスク』をやってた別冊少年サンデーでも僕が描いてて、当時、人気のマギーミネンコ(知ってる人は何人いるんだろう…古。)だったか二誌同時に予告を打ち出し、情報漏れで真っ先に僕が疑われた。どっちか一誌にするよに迫られ、デビュー当時からお世話になっていたO氏が担当する月刊少年チャンピオンを選んだ(汗)。この一件で別冊少年サンデーは絶たれてしまった…。

僕は一度くらいは、アイドルに会えるかなぁ…なんて淡い期待抱いていたが誰にも取材出来ず、平凡か明星(これも、古)の記事とグラビア写真のみだった…僕が担当したアイドルの何人かは、今でも逞しく芸能界で活躍をしている…僕も秋田での空白期間を差し引いたとしても、随分と長くこの世界で生きている分けだな…。
Category: コミカライズ編  

スーパーロボット大戦a

スパロボxr

`03秋田から7年振りに埼玉に舞い戻って間もない頃…僕の携帯にダイナミック系の編集プロダクション、不知火プロの浅野女史から連絡が入る…ゲームアンソロジー漫画を描いてくれないかと言う事だった…何の当てもなく、行き場の無い秋田での生活から逃げるように引っ越した為に、無職「自称・漫画家」に成り下がった僕に、たとえゲームアンソロ漫画でも声を掛けてくれる人間いるという有り難さ…ゼロからのスタートでは無かった。生活優先で僕は即「OK」したのだった。

後日「やまと虹一」見たさに、浅野女史はじめ上園主任、橋本部員の三人の担当チームを編成してやって来た(笑)…編集会議で「やまとさんが帰って来たみたい…」と浅野女史の一言から決定したらしい(汗)。
初心に帰るためにも、漫画家の出発点だったダイナミック…永井先生のロボキャラをセレクトしガンダムも試すように描いた…僕としては、今ひとつの出来だったが復帰第一作になる。
Category: ギャグ編  

中日ドラゴンズ

名称未設定 1x
中日ドラゴンズ』…と言っても野球とは何の関係ありません。名古屋の山奥に住む怪獣一家の話です(笑)。朝日小学生新聞で週一で半年くらい連載していた漫画です…忙しくても、やっぱり、ギャグが好きだったから、朝起きて描いて夕方には原稿渡してましたね…。
Category: ギャグ編  

アイ・ガム・ユー

イアガム
A書店は原稿の扱いが雑だったため、殆んど手元に戻っていない…担当とトラぶったりしたため、付き合いが無くなり疎遠になった。もう20年前の『プラモ狂四郎』以前の事だから泣けてくる。


Category: コミカライズ編  

超神ビビューン

ビビューン

僕は石森コミカを、この他にも「怪傑ズバット」(朝日ソノラマ?絵本)「ジャッカー電撃隊」(月刊テレビランド)「宇宙鉄人キョウダイン」(別冊テレビランド)「チックンタックン」(学研)等やらせて頂いた…いい経験だったが、これで完全に児童漫画家として定着してしまった(汗)。僕がまだ秋田の雪に埋もれ悶々と日々を過ごしていた時、一連のコミカ作品集をまとめたいとNなる人物から連絡があった…各社と交渉にあたり「その原稿を自分に送り一任してほしい」と言うのだ…ふざけた話であった。

彼は、ボンボンで連載経験があり僕も知らぬ人物ではなかった…彼の名誉のためにも、これ以上は控えるがそれから話が進展しない所をみると、ただの原稿目当てだったのだろうか…実は『サンダーマスク』と円谷作品はあるが不思議な事に、石森コミカの原稿が殆ど僕の手元に残って無い…当時のマネージャーが回収したのだろうか???何所かの倉庫にまだ眠っているのだろうか…??廃刊した雑誌もあるし処分されたのだろうか…??もう30年以上前の事…コミカ原稿の扱いがいい加減だったからなぁ…(苦)。


Category: コミカライズ編  

がんばれ!ロボコン

ロボコンx

石森大先生の少年サンデー「がんばれ!ロボコン」に続けとばかりに、小学館の幼児誌をはじめ小学1年生から6年生まで石森プロの作家さんたちがズラリと揃ってましたね。僕は小学4年生を受け持ちました…懐かしいですね。
Category: さよなら、コミックボンボン  

●コミックボンボン25周年記念武者●

ボンボン25
昨年、SD担当者の久慈氏からコミックボンボン25周年にあたり今までSDガンダムに関わった作家さん七人に、胴体、右腕、左腕、脚、武器、兜、バックパックをそれぞれのパーツを描いてもらい一体にすると言う話を持ちかけられた…何のコンセプトも無く雲を掴むような話だった。

下手すれば、バラバラな武者頑駄無が出来て企画倒れ…そこで、年の功で僕が先陣を切る事になった。架空設定とはいえ「武者」の舞台は日本である…僕の担当はバックパック…記念武者なので、めでたい物でまとめる事にした…その時、久慈氏に送ったラフが見つかったので載せてみました。
これに他の作家達も追随して、コミックボンボン25周年記念『武者バンサンカン』なるSD武者が出来上がったのだ(写真がありませんでした…汗)。


Category: コミカライズ編  

アクマイザー3

アクxx

左が月刊少年マガジンの「アクマイザー3」人間とアクマ族の血をひく主人公のザビタンが、その間で苦悩する設定だった為、ドラマ演出のために意図的に目玉を入れたのだが…しかし、ここまで石森大先生のキャラデザインをいじっって、よくクレーム来なかったなぁ…って、そんな大それた事許される訳ないよな…わざわざデザイン起こしてくれたのかな…前作ゴレンジャーにも目玉を透かして描いたし、ガンダムに目玉を入れて顰蹙かったのも僕だし…まずいな…これも、よく覚えていない(汗)。

右はTVマガジンの「アクマイザー3」アクション主導のためにテレビ版に合わせました…。どこだったかのヒーロー物のムック本にやまと虹一版のアクマイザー3は目玉があって不思議だったと書いてあったけど、いいじゃないですか。アクマ族のハーフなんですから…(笑)。でも、有難いね…そうやって印象に残ってるって事は。


Category: SD武者ガンダム風雲録  

青斬抜刀隊血風録

血風録x


青斬抜刀隊血風録の原稿が還ってきました…やれやれです。
もう、これでボンボン無き後、児童漫画誌の無い講談社と関わる回数も減るだろうな…ここからが、ボンボン作家達の本当の力が試される正念場だ…3年後、5年後…10年後、僕も含めて何人の漫画家の名前を目にするだろうか…?

僕は「プラモ狂四郎」が当って以来、居心地の良い場所を確保して、約12、3年間、ボンボンでお世話になり、まるで講談社の社員のように高額な原稿料を貰い、ボーナスのように定期的に単行本で印税も得た。なんの不満がありよう…絵に描いた生活。僕の性格というか、血液型ABのせいか、破滅型タイプ…一度積み上げたら壊してしまうらしい~汗。

ある日、ふと気が付いた…所詮ガンダム無しでは自分の作品が語れれない事…僕の実力では無い事に。
40間近だった…これから青年誌に転換するには遅すぎた…ここまで、ぬるま湯の生活をしてきて1から出直すには荷が重すぎる。葛藤すればするほど絵が荒れて行く…ボンボンを離れた後、少年王(光文社)とファミマガ(アスキー)で連載をやらせて頂いたが結果最悪…狂四郎のように、期待に応える事は出来ずすべて1回か3回で打ち切り(この作品は苦い経験なのでカテゴリーにも載せていない。)悩んだ末に廃業を決意!!身を隠すように秋田に移り住んだ。


…この7年隠遁生活の中で、僕が漫画家だった(過去形)と知ってても、パーフェクトガンダム、武者ガンダムなど生み出した奴なんて誰も知らない…例え、同級生でも児童漫画なんかに興味がないから聞きもしなかった…飲み会なんかあると、冷やかしで聞く人はいたけど僕も笑って誤魔化して喋らなかった。まして、親や従兄弟は一家で都落ちしたのだから気遣ってそれには触れない。良いんだか悪いんだか…心の隅で漫画家のプライドを捨て切れずにいるから家業について行けず、ガンダムに縋る現実。

そして、G20の時、各社から取材が入りはじめて「プラモ狂四郎」の功績に気が付いて自信が持てた…。





Category: コミカライズ編  

秘密戦隊ゴレンジャー

ゴレンジャー

巨匠、石森章太郎先生も漫画少年の憧れだった…。
石森先生の「漫画家入門」のはじめに…まず鉛筆を親指と人差し指でつまんで…とあった。
その言葉が、どれだけの漫画少年の夢を切り開いた事か…ド田舎の僕の周りにも3、4人はいた。

そんな石森先生と接点を持てるなんて…僕の師である永井豪先生は石森先生の弟子なので、孫みたいなもんだね~勝手にそう思った。

僕は、石森プロの所属でも何でない外部の人間だったので先生に会う事は希だった。時々、TVの試写会等でご一緒すると大先生と思えぬ物腰の柔らかさに感動した。しかし、僕は何を切っ掛けに石森プロのヒーロー物のコミカライズを担当する事になったか、よく覚えていない…すがやみつるさんの所に「真田十勇士」の描き下ろしの手伝いに行って石森プロを紹介されたのか?仮にも、僕はダイナミックプロ出身だしわざわざ「コミカ物をやらせてください」なんて行けるはずもない…直接、依頼された記憶もないのだ(汗)。

いつの間にか「秘密戦隊ゴレンジャー」を徳間書店の月刊テレビランドと小学館の小学四年生の二本掛け持ちしていた…(やべぇ、これって健忘症か!?)。
Category: コミカライズ編  

サンダーマスク

サンダーx
ギャグ漫画の読みきりじゃページが少なく原稿料だけでは生活が出来ない…そんな安易な理由でストーリー漫画を描こうと思った。そして、当時の「別冊少年サンデー」に持ち込みをしてトントン拍子に連載が決まった。この時すでに、サンデー本誌で手塚御大が連載していて、学年誌や冒険王でもテレビ放映に合わせて始まっていた…。

僕の『サンダーマスク』は後発である。今さら、テレビの脚本を追いかける内容にもいかず、設定だけ生かし独自路線で行く事にした。サンダーマスクの相手は怪人ではなく【妖怪】だ…勝手に設定を変えたけどだけど、編集や制作サイドから何のクレームがなかったから、このまま行きました。

こうしたテレビのヒーロー物は漫画の人気より視聴率に左右され半年で終了…僕の『サンダーマスク』もトホホな3回で降板相変らず、〆切り間際の先生達の、助っ人アシに掛けずり廻る日々が続く…。

近頃、カルトな話題の絶えないサンダーマスクは、僕にとって最初のストーリー漫画の連載である。そして、制作にあたった東洋エージェンシーは、現在の機動戦士ガンダムの版権管理する「ガンプラ」の 創通エージェンシーであるから感慨深い。
Category: ギャグ編  

ケガだらけのガンマン

けが
当時、新人の原稿料は平均5000円だった時、一番安いA書店がページ3500円だった(汗)。
どっちにしても、ギャグ漫画は16ページで、ストーリ漫画は32ページ…原稿料にも二倍差が出てくる…ギャグはページが少ないので掲載されやすいが量産しなければなかった。しかし持ち込みは、おいそれと採用されないのでバイトの日々が続いた。
Category: ギャグ編  

どろぼう家族。

どろぼうx
中学からの同級生で友人の金田幹夫のアパートに転がり込んだ僕は、ダイナミックプロの仲間に気兼ねする事無く空いた時間は漫画制作に没頭…。ペンネームを本名にした場合、鳴かず飛ばずだと恥をかくし、やっぱりペンネームだ。ダイナミックのある大塚駅から赤羽行きのバスに乗り、金田のアパートのある板橋・大和町で下車すると、雨上がりできれいな虹がかかっていた…大和町、虹一つ…「こ、これだ!!」なんて出来すぎた事は無い(笑)…だだ、なんとなく「やまと虹一」と付けただけ。
Category: SD武者ガンダム風雲録  

SD武者鋼弾

台湾版

「コミックボンボン休刊」の余波はまだ続いている…今度はボンボンのSDガンダム担当者、久慈氏から連絡があり増刊号でやった『青斬抜刀隊血風録』の原稿が編集部から発見されたという。先日のカラー原稿といい、次は何が見つかるんだろうと変な期待をしてしまう(笑)。

この『青斬抜刀隊血風録』なる漫画は、僕が秋田に戻り悶々とした中で描いたものだ。原作・クラフト団とあるが、安井氏が書いたものではない…バンダイのジャンボコミックやBBの取り説同様、SDガンダムの企画を手掛けるレイアップ文芸部によるものだ。本誌の神田正宏氏の新・超「SD武者シリーズ」も安井氏の手を離れていた。

僕は、ボンボンを一方的な都合で辞めたのに堂々と描くのには気引けた…そのため、この『青斬抜刀隊血風録』には最初に扉絵を付けなかった。いきなり始まり誰が描いた分からない仕掛けをした…ドンドン読み進め…ついにラスト(完)のページ…そこに、タイトルと扉?をもってきた。ここで作者が分かる試みをしたのだ。読みきりだから出来た冒険。この『青斬抜刀隊血風録』は、狙いどうり好評だった。※(原稿は、直接会って渡したいという事なので今回は、載せられませんでした…汗。)
   


Category: ギャグ編  

山神くん

山神君
僕は、ダイナミックプロを辞めるにあたり下準備をしていた。なにしろ薄給、手当が付いても30、000そこそこ…アパートを借りるにも、纏った金がいる。そんな時は、会社から前借しマネジャー等に保証人になってもらいボーナスから天引きしてもらうのだが…それでは、機会を見失って埒が明かない。ダイナミックから歩いて10分くらいの所に、寮というかアシスタントが寝泊まりする二段ベットがズラリと並ぶタコ部屋みたいな所があった。そのベットの上が、明日の漫画界を夢見るアシたちの居住スペースだ(汗)。

僕はそこで八ヶ月くらい寝泊りをして、秋田の中学の同級生M、Kのアパートに同居するべく、その寮から、布団、敷布団、毛布をビニール紐で背負って退職金代わりに貰って行く事にした(オイオイ)。そんな格好で電車に乗れない。深夜、大塚から板橋の彼のアパートまで歩いて運ぶ。連合赤軍が世間を騒がせていた頃で、あっという間にパトカーに囲まれ職務質問された。布団泥棒で逮捕されるのか!…紙袋に枕と、これまた退職金代わりのダイナミックプロのロゴ入り原稿用紙とトーンが入っていたので、正直に「永井豪のアシです」と言うと一同「えっ、ハレンチ学園の!!」…僕は、苦笑いされながら解放された。漫画以外でも永井豪大先生の偉大さを知る…有名になるとはこういう事なんだ。また、困ったら「永井豪のアシです」と言おう(嘘)。

ダイナミック系の作家は、皆、永井先生の影響を受けて持ち込みに行っても「ダイナミック…?」と言われる。僕の課題は、そこからの脱却だった…同じ絵では、いつまでも二番煎じ、三番煎じで短命に終わりかねない。あれやこれやして、僕の絵を見て誰もダイナミック出身だと思わなくなった…けど、原稿用紙のロゴが~苦。
Category: さよなら、コミックボンボン  

●コミックボンボン編集部解散●

ボン1
昨日、コミックボンボン編集部解散の伴い、講談社の倉庫から『プラモ狂四郎』『超戦士ガンダム野郎』『SD武者ガンダム風雲録』等のカラー原画、原稿が見つかったと僕の最後の担当だった石川氏から連絡があり先程、手元に届いた…膨大な数だ(汗)。

仕事の手を休めて一枚一枚確認するように見入る。まるで、記念写真のように色々な事が思い出される。
それぞれ付いて頂いた担当者の顔、手伝ってくれたアシ達の顔、仕事場の風景…散歩した大宮氷川参道から大宮公園。懐かしくガラにもなく目頭が熱くなる…僕の漫画人生というより、ボンボンの歴史を垣間見た…『~ガンダム風雲録』を最後に疎遠になったとはいえ、僕とボンボンの絆はそれほど深い物だった。休刊、編集部解体とは、淋しい言葉だ…。

それにしても、僕の保存原稿以外に、倉庫に全部で78点のカラー原画が眠っていた。
ただただ、戻って来てくれてありがとう…探してくれてありがとう…だ。
Category: ギャグ編  

悲劇(エレジー)ママロボット

悲歌! ママロボット
ダイナミックプロの一つ先輩の斎藤君こと風忍のデビューが決まった…場から、浮き出ていた個性的な斎藤君もデビューが決まって凛々しく見えるから不思議だ(笑)僕は、その作品「百円病院」の仕上げをやった。来年は僕らの番だ。木村君(真樹村ただし)浜田君(はまだよしみ)を含めた同期数人の誰か?
当時、ダイナミックプロには、2年アシを務めるとデビューのチャンスが与えられた。

しかし、僕はその特典を利用する事なく、その年の慰安旅行にも参加せず、辞退者2、3人と仕事場で留守番がてらセッセと持ち込み原稿を描いて各社に持ち込みをした…その一本が、少年ジャンプの手塚賞応募作「エレジーママロボット」…賞は貰えなかったが、ジャンプ増刊号にいち早く掲載され“やまと虹一”のデビューとなった。

ダイナミックプロには、アシ中に「持ち込み禁止!」という決まりがあったから、僕はそれを破ったという事になる…永井先生やダイナミックの関係者には迷惑をかけてしまった…「T(本名)君は、せっかちだからなぁ(笑)」…が、永井先生から掛けられた最後の言葉だった。結局、ダイナミックプロに約十ヶ月という短期間ながらお世話になった…秋田から上京して一年と一ヶ月…ついに、漫画家になった!本当に、せっかちなデビューだった(苦笑)。
2
3
4
6
9
18
29
> < 12