続・やまと屋ブログ堂

★…パーフェクトガンダム、レッドウォーリア、武者ガンダムの起源はここに有り…★

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超戦士ガンダム野郎

たいが

『プラモ狂四郎』「新・プラモ狂四郎」が終了した後、僕の会心作として連載した「ケンカ太平記」(子供版国取り物語をやりたかったんですけどね…苦。)が散々な結果だった…『狂四郎』以降あまりコミックボンボン編集部に足を運ぶ事のなかった僕は、担当者の池ノ上氏から「講談社の近くで食事でもしながら打ち合わせしましょう」と呼び出される。…こんな最悪な結果では編集部には顔を出しづらいものだ(汗)。
ガンプラブームに乗った一発屋と揶揄されているに違いない…気持ちまで卑屈になる…惨めだ…2年前までボンボンの看板漫画家がこの様だ…田舎から持ち込みに来た新人さんのように編集部のソファで小さくなっていると「やぁ、ご無沙汰…」と池田編集長が声を掛けてきた…僕もいつにも以上に低姿勢で答え「~太平記」の今後の展開で盛り上げると必至で説得(…だから、打ち切りにしないで~っ)モード全開!「あれ駄目だわ」あっさり打つ切り決定!…汗だけ出て言葉が出ないでいると…池田編集長は「実はさ『狂四郎』で描いた「武者ガンダム」(BB戦士)評判らしんだよねぇ…うちで漫画を始めようと思っているんだけど…どう?」…こうして「~太平記」は強引に打つ切られ『超戦士ガンダム野郎』はトントン拍子に話が進んで翌月号から連載開始…SDでも安井尚志と共に『プラモ狂四郎』以上にオリジナルガンダムを連発していく事になる。
僕は「食事」を餌にまんまと罠に掛かったのであった…まんまとマンマ(飯)をかけてみました(笑)。

                       
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G研(ガンダム研究会)

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写真は『超戦士ガンダム野郎』の時、安井氏が用意したシミュレーションポッドのイラストである(デザインは山田高裕氏かな?)…前記事[シミュレーションGO!]でも触れたように『プラモ狂四郎』の話が来た時、「機動戦士ガンダム」の漫画化がNGだった為、急遽プラモに置き換えてのスタートだったからとにかく時間が無かった…僕もシミュレーション装置等の設定を考えている余裕は無く、宇宙戦艦ヤマトにでも出てきそうなオーバーな装置になってしまった(赤面)。そして、プレーヤーも第一話ではレシーバーだったが二回目からヘルメットに描き直した…。
そんな事も、踏まえて準備万端『ガンダム野郎』が始まったのだ…ガンダム研究会、通称「G研」はバンダイの管轄化にあり全国から明日を担うガンダム少年達が集められ究極のハイパーガンダムの開発に携わると言うストーリーである…うむ~っ、そ、そうだったのか(汗)。『狂四郎』は25年経っているのに登場人物の名前や顔、性格、プラモまで事細かに覚えているのだが…『ガンダム野郎』は天地大河とヒロシくらいしか覚えてない事に今、気づいた…ま、まずい(冷汗)。

と、とにかく、この『ガンダム野郎』はSDを中心にさらに低学年のユーザー開拓の為に「改造」より「楽しさ」を重視して始まった…ここ数年の武者シリーズは新たな読者を開拓出来ずに、この世代の熱心なSDファンに支持されていると聞く…。

                       フルアーマーZガンダムへ…つづく
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フルアーマーZ ガンダム

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僕は確かに『プラモ狂四郎』のヒットのお陰でガンプラブームの一翼を担い、そこから派生した「武者ガンダム」でSDガンダムの全盛期にも携わる事も出来た…その事を誇りに思う反面、いくらカッコいいオリジナルMSを描いて人気が出ても所詮、偽ガンダム…ガンダムモドキという蟠りが作品について廻る…『狂四郎』の人気の大半はガンダム・ガンプラあっての事と、重々承知しているのだが腑に落ちないことがあった…例えば「パーフェクトガンダム」『狂四郎』のプラモスピリットの象徴である事は当時の読者なら誰でも知っているはずだが、MSVとして発売されると「連邦軍うんぬん…」と狂四郎とはまるで関係の無い解説が添えられてしまうのだ…MS戦国伝「武者頑駄無」に至っては「時は戦国…丹波の山里七番国に住む…阿夢呂丸の手に譲り渡され…」と続き初出が何処か抹消されてしまうのである(泣)。『プラモ狂四郎』の「プ」の字も認めたくない連中には当然の事と思うのだろうが、当事者としては複雑な心境だ(汗)…そして安井氏の強い要望もありサンライズ・バンダイ・講談社の三社が協議し『プラモ狂四郎』『超戦士ガンダム野郎』発信のSD商品には権利・印税の発生しない「企画原案/ 安井尚志 やまと虹一 講談社」と表記されるようになったのだが…。


◆図はガンダムメカの重鎮、大河原邦夫氏のゲストMS…大河たちのトレーニングのためにコンピュータが創りだした「フルアーマーZガンダム」という設定である。

                 天地大河スペシャルへ…つづく。


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天地大河スペシャル

たいがS

兜に獅子(シーサー)をあしらえた「天地大河スペシャル」はフルアーマーZガンダムと戦った時、大河がコンピュータの中で武者ガンダムから創造したものだ…『超戦士ガンダム野郎』では「天地大河スペシャル」だが、「SD戦国伝」では武者ガンダムの双子の弟・農丸(隠密)という設定になる…実はこの「天地大河スペシャル」は重鎮・大河原邦夫氏のデザインなのだ…勿論、リアルタイプのデザイン画であるが、それが何故に、別名、農丸=ノーマルか?…僕が当時、ガンダムMK-Ⅱがお気に入りだったからノーマル(RX-78)を飛ばしてガンダムMK-Ⅱをベースに武者ガンダムをデザインために、安井氏が改めて大河原氏にノーマルガンダムをベースに武者ガンダムを描いてもらったためである…ただ、それだけの事(苦笑)。

このSDシリーズは、当初「BB戦士」としてBB弾を飛ばすギミックを備えたガンダマンとかザックンとか、トホホ…なSDであったが『プラモ狂四郎』で人気を博していた武者ガンダム(NO.17)が取り上げるや否や忽ち大人気となり武者ゼータガンダム(NO.23)武者ガンダムMK=Ⅱ(NO.24)…武者ダブルゼータ(NO.26)武者ニュウガンダム(NO.27)…と、狂四郎武者だけでは追いつかず、SDシリーズの仕掛け人である企画会社レイアップのオリジナルSD武者がドンドン増殖され現在まで続く一大「SD戦国伝」絵巻となったのである…恐れ入りました。

◆左が通常版「SD戦国伝」、右がコミックボンボン版「天地大河スペシャル」(非売品)。
              
                 ガンキラーへ…つづく  

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大福将軍

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僕はこう見えても、一応、少年ジャンプ主催の「手塚賞」出身である…それが、自慢でもある。

当時、ダイナミックプロには2年間アシを勤めると「○○とダイナミックプロ」としてデビュー出来ると言う、有り難いサポート制度《その間持込厳禁、バレたら即クビ!》があったが、僕は慰安旅行にも行かず事務所で留守番しながらセッセと漫画を描いていた…何しろスクリーントーン、原稿使い放題(笑)!そして新人漫画家のメッカ・少年ジャンプに持ち込みをした…原稿を見てくれた編集のGさんは「これ、手塚賞に応募してみない…」という事になり、明日がどうなるかも知れず勢いでダイナミックを辞めた。…その応募作『エレジーママロボット』は運良く最終選考12本に残り、いち早く「荒野の少年イサム」増刊号に掲載され僕のデビュー作となったのだ。佳作でも何でもなく、穴埋め的な感じで…ちなみに、この時の受賞者は知る人ぞ知る、あの伝説の「ドリーム仮面」の中本繁だった…僕はその底辺に居た訳だな(笑)。

『プラモ狂四郎』で第7回講談社漫画賞候補、『超戦士ガンダム野郎』他で第35回小学館児童部門候補…これも、自慢である(いつも、的を射ておらんけどね…苦笑)。

これを切っ掛けに、Gさんとはカットの仕事など貰いながら細々と交流が続き、今や原作の大家となるB氏のデビュー作「…バイク少年が戦国時代にタイムスリップする」という話の漫画化を熱心に勧められるが書き直しの連続で僕が音をあげて逃げ出してしまった…(反省)。数ヵ月後、その原作は期待の大型新人としてS・Hが描き月刊少年ジャンプに掲載されていた…。

Gさんはその後、編集長として少年ジャンプの黄金時代を築き、集英社のお偉いさんになった…もし、あの時、僕が最後までGさんのアドバイスを受けて頑張っていたなら、ガンダムとも出会う事無く『プラモ狂四郎』もパーフェクトガンダムも武者ガンダムも生まれなかった…運命というものだ…。

                         千成大将軍へ…つづく
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